「ラッパ森の安龍寺」
古くから地域の皆様に親しまれてきた呼び名です。安龍寺のあるこの森は、1873年、札幌本通りの建設に従事した人々がテント生活を送った場所でもあります。当時、彼らは開拓という厳しい作業の中で、トランペットの音を合図に日々の営みを整えていました。そのことに由来し、この森は「ラッパ森」と呼ばれるようになりました。
昭和初期、安龍寺は北海道室蘭市常盤町にあった安楽寺の布教所として発足しました。母恋界隈は日本製鋼所の企業城下町として人口が増加しており、福井県美浜の龍澤寺より軽部洞白が草鞋をぬぎ、この地において布教教化にあたりました。以来、地域とともに歩み続け、「軽部寺(かるべでら)」の名で親しまれてきました。昭和27年より本堂建立に着手し、社会情勢の厳しい中、幾多の困難を経て、昭和29年に現本堂が落慶し、安龍寺としての歩みが始まりました。